小6の本棚:「氷柱の声」(くどうれいん著)
2022-06-24
カテゴリー:小6の本棚
今日は、2022年入試の麻布中、海城中、開成高の3校で出題された「氷柱(つらら)の声」(くどうれいん著、講談社刊)についてご紹介したいと思います。
読書好きの方ならば、読書メーターその他サイトで内容については確認なさっていると思いますので、ここではあくまで中学入試での出題図書としての観点で書いてみたいと思います。
入試で出題される箇所は、その文章の中で特に印象的な箇所や重要な部分になります。つまり小説ならば、音楽でのサビの部分にあたるクライマックスシーンが出題されるのがほとんどです。そのため、今回も上記3校とも同じ個所を出題しています。
それは、主人公の伊智花(いちか)が震災の翌年、高3の時に描いた自信作「滝の絵」が、「今このご時世で水がドーンっと押し寄せてきて、おまけにタイトルが『怒涛』ってのは、ちょっときつすぎるけど・・・」という理由で、コンクールの賞を獲れなかったことに対する葛藤を描いたシーンからの出題でした。
東日本大震災から10年経った節目の年に出版され、作者の工藤玲音氏自身、岩手県盛岡市で高校1年のときに東日本大震災を経験し、あとがきで「この作品を書くまでわたしは震災のことをなるべく話さなくていいようにしてきたし、話すことがあれば、とても身構えた。震災について「語っていい」のは、それが許されるほど深い傷を負った人か、「進んで責任を負える人」だと思っていた。(中略)被災のことを考えたり見たり聞いたりすると涙が出る。わたしは自分のその涙がいやだった。何も捧げることができないわたしが流す涙はおこがましいと思った。(中略)書いていいのかどうかわからないし、書きたいのかどうかもわからないけれど、書くことでしか見えないこともあるのかもしれないとここ数年思っていた。2020年の夏に、「群像」の編集長から「書いてみませんか」とご依頼をいただいた。「わたしなんかが」と反射的に口に出たが、ようやく、書いてみたいと思った。(後略)」と述べていることからもわかるように、本書は気持ちのまっすぐな若手作家の初の小説です。
ちなみに・・・入試問題で出題される文章には、非教育的な内容を扱ったもの、非道徳的な内容を扱ったものなどはありません。つまり、良くも悪くも「教育的」というフィルターがかかっています。しかし私見を申し上げれば、入試という公共性の高い一般的な場で、教育課程に属する年齢の子どもに対して出題する文章は、やはり道徳的に正しい視点で書かれたものであるべきだと思っています。もちろん、それが作家の考える作品の趣旨と合うかどうかは別物で・・・だから入試問題などで作品を使われることに対して著作権を主張して、文章を掲載しないようにする例が多々あるわけです。
権力者への忖度、ご都合主義のルール改訂、特殊軍事作戦という名の侵略戦争など・・・いつの世も不条理な事実がなくなることはありません。しかし、その不条理に対して声を上げ、少しでもより正しいと思える世界を目指すことが大切なのだと私は思います。だからこそ、実現が難しいことであっても、きれいごとであっても、自分たちの未来を信じて努力しようと思える、子どもたちに対してそんな話ができれば良いなあと私は思うのです。
暗いニュースばかりが目に付くことが多い昨今ですが、心が折れないように、闇に取り込まれることが無いように、希望の種を少しずつ撒いていく必要があると思います。その意味では、中学入試の国語の文章はいずれも小学生に読ませたい課題図書ですから、興味のある方は、夏休みなどを利用して読んでみることをオススメします。
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